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うたあんどん(歌行灯)。



先ず、監督の 衣笠貞之助 (ていのすけ・1896-1982) について触れます。


すでに紹介してきましたが、ソフト化されていないけど、傑作すぎる「大阪の女 (1958)」で私は個人的にノックダウン。

何が良かったのかは、是非クリックして読んでいただきたいのですが、続いてみた、カンヌ映画祭グランプリほか米アカデミー賞など受賞の 「地獄門 (1953)」  。

この二作品を観て、この監督の美術センスと画面構成にうなりました。そしてこの「歌行燈 (1960)」、大スター市川雷蔵・山本富士子のゴールデンコンビですから結構予算もかかってますし、セットも見事です。そしてあらためて監督の力量に感服。

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衣笠監督の持ち味は画面構成と色使い。

クローズアップや切り返しが少なく、一枚の画がこれみよがしでなく美しい。

日本家屋の構造をここまで生かしている監督はいないのでは?と思ってしまう。小津安二郎もすごいしうなされまくりなんですけど、僕は衣笠監督に一票。こんなブログを一体誰が読んでくれているのか?知りませんが、もし映画や舞台芸術に関する仕事をしたり、志している人には是非観てほしい。学べるところいっぱいあると思います。

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さて「歌行燈」。

原作は泉鏡花 (いずみ・きょうか 男性です。1873-1939)、明治43 (1910)年発表 の小説。

1943年に成瀬巳喜男監督が、山田五十鈴主演で一度映画化されていたので、そっちも機会があれば観てみたいところ。

明治、なのでここで言う「歌」は、「能」です。能師の男(市川雷蔵)と、その男に殺されたと言っても言い過ぎではない老能師、その娘(山本富士子)との純愛物語。

関東で人気実力ある能師が関西で能を舞い(奉納)ました。市川雷蔵 (1931-1969) はその後継者と目される若きエリート能師です。一方、関西では老齢ながら人気ある能師がいて、「関東からわざわざ来ても誰も見にいかんわ(ワシのほうが実力あるし)、しかも挨拶にも来よらん」と、ぐははとふんぞりかえっておりました。そのひとり娘で、妾たちにいびられている「ザ・薄幸」山本富士子 (1931-) は、そんな父をずっと慕い続けています。

雷蔵は師匠に内緒で、かつ身分も明かさず、富士子親娘の豪邸に突然現れ、「向学のため、一流の歌を聞かせて下さい」と頼み込みます。関西随一の能師とか言われたので、断るに断れず、ぐはは能師、うなるように歌いはじめます。

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じっと聴いていた雷蔵、やにわに傍らにある鼓を手に取り、ぐははの歌に合わせて鼓を叩き、合いの手を入れはじめます。しかもその合いの手が絶妙で、家中のものが「何事!?』と緊張します。

やがて雷蔵のテンポについていけなくなったぐはは、汗だくぜえぜえいいながら歌を止めます。

ここで雷蔵、「しょせん田舎の能だと思ったとおりだ!」

なんと残酷にも言い捨て出て行きます。


つまり、ちょっと嫌みないやがらせ系な道場破りです。

ここで一応、応対に出た富士子ちゃんと雷蔵がひと目惚れぽい一瞬があるところがベタで分かりやすい(笑)。

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血圧上がりまくったぐはは能師、馬鹿にされた!なめられた!とカンカンになって庭に出て、怒りのまま井戸に落ちて死にます。その知らせが関東の能師の宿舎に届き、雷蔵は破門。今後一切「能」の業界で生きてはならぬと宣告されます。雷蔵としては関西の田舎能師を茶化して優越感に浸りたかっただけなのですが、まさかそれで死んでしまう、いや、殺してしまったことに絶望し、せめて焼香をと再び訪ねますが、ぐははの弟子たちがそれを阻止しようとします。当然です。でも、ここで娘の富士子ちゃんが「どうか手を合わせてやって下さい」と通します。

雷蔵、謝罪して旅に出ます。

富士子ちゃんは妾たちにいびられるまま、遺産よりも借金あるので奉公に出されます。

そう、このゴールデンコンビが離ればなれになって、あるとき再会し、

困難があって、ラストは?

という物語です。


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ストーリーを追うのはこれくらいにして、この映画、脇役のレベルが高い。ぼくがこのサイトを作って観てきた数々の作品のなかで、クセのある、かつしっかりとした演技力に溢れるバイプレイヤーたちで思いつくベストな方たちが、少しずついい感じで配役されてます。で、そのどれもが今までに観たなかでも見事に自然に、クセを売りにせず、この映画のなかで存在しているのです。

新藤兼人監督作品の常連で、エロで狡で強欲なおやじ演じさせたらNo.1 の 小沢栄太郎(またの名を小沢 栄 1909-1988)も、芸者相手にエロエロなんですが抑制きいてます。


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池内淳子
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↑ 池内淳子をエロエロしている小沢さん(写真左下)

142 「けものみち (1965)」監督 須川栄三

 


70〜80年代はじめの、モノマネ芸定番(誰もがやってたし、ぼくもしてた)の独特な喋り方で笑わせてくれた 上田吉二郎 (1904-1972) も、抑えていい味出してました。



 ↑ この写真はどの映画だろう?スキンヘッドは見たことない。

 シリアスな役は 羅生門 (1950) 監督 黒澤明 で、証言を羅生門の下で聞く役くらいで、あとはコミカルな映画で、まんまと騙されたりする役が多い。 

211 「カレーライス (1962) 」監督 渡辺祐介 とか、

217 「狐と狸 (1959)」監督 千葉泰樹とかの吉二郎さんが好きです。


ほかにも 永遠のおばあさん 浦辺粂子 (1902-1989)。




ぼくが物心ついた晩年は、テレビやバラエティ番組によく出てて、その特異な喋り方で彼女もまた、多くの芸人さんにモノマネされましたが、もはやそれを知る人はどれくらいいるのだろう?

粂子ばあさん。ここで紹介した 194「私は二歳 (1962)」監督 市川崑 では孫息子を溺愛するあまり、息子の嫁・山本富士子と対立し、やがて和解する役柄が印象的でしたが、出演するほとんどの役が、そこにいなくても成立するけど、いるからこそ映画のリアリティが増すというような、台詞ほとんどないのに存在感、説得力があるという役割。 112「浮草 (1959)」監督 小津安二郎 でも一座の飯炊き婦として出てたし。他に強烈だったのは 033「可愛いくて凄い女(1966)」監督 小西通雄 でのスリ役。大きな体を揺らしてヤクザ相手に叫ぶ芝居は貴重。


と、他にももっともっと触れたい脇役さんたち。彼らがそれぞれのアクを出さずに、衣笠監督によってうまく指揮されている映画として、私は存分に堪能しました。

冒頭に書きましたが、総合芸術としての映画、この作品は残され、語り継がれるべき1本です。


2019年 9月11日
角川シネマ有楽町
市川雷蔵祭 にて観賞

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