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傑作つづけます。

10代の終わりか20代のはじめ、劇場リバイバルで一度観賞した記憶。何十年もの時を経て現在からすると公開から58年もの(僕が産まれる前の)作品に触れ、若者とゆうか子ども、いやただのガキだったぼくは、何もその時、観ていなかったことに気づきました。


全編に渡る、神経を切り刻むような緊張感。誘拐事件、警察が乗り込み逆探知用の電話をセットして、なんて今なら当たり前の状況、それを当たり前と言うならこれが元祖。そんな革命的な物語を造り上げた黒澤さんへのリスペクトは置いといて(それこそそれを語ることが当たり前すぎて)、室内劇、複数の登場人物がそれぞれの思惑をにじみださせながら動きます、ただし極めて静かに抑制が効いてます。それをまるで絵画のように緻密に計算された構図に描きだしています。

冒頭から約50分、ずっと室内劇です。普通あり得ない展開です。 娯楽の頂点にあった日本映画界、派手なアクションもなくただ同じセットで繰り広げられる物語。しかしそこに生き詰まるような人間の業が凝縮されています。



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主人公である 三船敏郎 (1920-1997) は、恐らく相当な苦労をして一大製靴会社の上層部に登り詰めた叩き上げの元靴職人です。横浜の(舞台は浅間(せんげん)台)高台にガラス張りの豪邸を建て、美しい(ほんと素晴らしく美しい)妻・香川京子 (1931-)  と小学生のひとり息子・(フォーリーブスの) 江木俊夫 (1952-)  とお金持ちに暮らしております。 冒頭、夕暮れ迫る横浜のガヤガヤした町並みを自宅の硝子越しに見下ろす三船、振り返ると居間には同じ製靴会社の重役たち3人が厳しい顔で座っています。彼らは旧来然とした会社の製靴方針・体制に意義を唱え、それぞれが持つ株を足して、三船がオヤジとして慕う現社長の持ち株を上回らせ、会社の実権を握ろうとしていたのでした。現社長の持ち株を上回るには、見るからに頑固一徹な三船の持ち株を足さなければなりません。4人の株が集まれば会社を自分たちのものにできるわけです。が、三船は首をタテに振りません。おまけに「これからの靴はこれだ!」と自慢げに差し出してきたパンプスを「こんな縫製もなく接着剤ですぐ壊れるような靴はダメだ!」と破壊します。「デザインが良くて丈夫な靴を作るのが使命だ!」と、コストを抑えて利益をあげようとする3人の説得を非難し家から叩き出します。



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手前に三船敏郎、奥の重役左から 中村伸郎 (1908-1991)   伊藤雄之介 (1919-1980)  田崎潤 (1913-1985)   右端に立つ三船の秘書・三橋達也 (1923-2004)



20代の頃、この冒頭のやり取りを観て何も感じてなかっただろう自分が恥ずかしい。ここで350本ほどの日本映画を観てきてやっと、↑ の役者たちの息詰る攻防、所作、それを撮り上げる構図ほかすべてが、このあとに展開される誘拐・捜査・物語の根幹に繫がる布石になっていること、それは脚本監督・黒澤明 (1910-1998)  、共同脚本の 菊島隆三 (1914-1989)久板栄二郎 (ひさいた1898-1970)小国英雄 (1904-1996)  らによる徹底的なシナリオ(脱稿まで45日間!)を基に、スタッフキャストが入念なリハーサルを繰り返して成し遂げたことだとゆうこと。 と、そこまで大げさに考えずの再見だったのですが、観ていて肌が剃刀なんかでスパッと切られるような張りつめた緊張感に痺れました。

あのスコセッシなんかも、この映画における冒頭約50分間の密室劇にえらく影響を受けたとか言われています。最初に書いた通り、なんのアクションもないわけです。なのになのに何なんだこの映画的興奮感は!?。



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 ↑ 誘拐犯からの電話を受ける三船、隣が奥様・香川京子。窓際に間違えて自分の息子を誘拐されてしまった哀れな住み込み運転手・佐田豊 (1911-2017 106歳没!) 眼下から見ている誘拐犯の疑いに慌ててテーブル下に隠れて盗聴する刑事たち。


三船は会社のクーデターに対抗する秘策がありました。大阪の業者に5千万円を渡して株を買い占め、筆頭株主として頂点に立つことでした。その小切手は手元にあります。長年秘書を勤めてきた三橋達也にそれを渡し、今夜22時の飛行機で大阪へ飛ぶよう命じます。つまりクーデター返しです。が大金です。全財産を投げ打っての一発勝負に賭けた瞬間、誘拐犯からの電話が鳴るのです。


「息子を誘拐した、身代金3千万円を明日中に用意しろ」


愛する1人息子はさっきまで住み込み運転手の息子(小津映画のキュートな子役だった)

島津雅彦 (1952-)   と西部劇ごっこやかくれんぼうをしていて遊んでいたではないか? 大騒ぎになり「金なんていくらでも作れる、3千万円用意する!」と、息子の江木俊夫がやってきます。そう、誘拐犯は間違えて運転手の息子を誘拐してしまったのでした。

三船さん、一転して約束を破り警察に連絡します。息子を間違えたなら身代金なんて穫れないし、そもそも身代金を払う義理もない(とゆう強烈なエゴイズム)と豹変します。


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仲代達矢 (写真右:1932-) をリーダーとする刑事たちがやってきて盗聴器をセットします。そこに犯人から2回目の電話。犯人(男の声)は子どもを間違えたことを認めたうえでそれでも3千万円を用意しないと子どもの命はないと言い放ちます。 さて、三船敏郎は今夜中に秘書の三橋達也を大阪へ飛ばし、5千万円の小切手(家を抵当に入れて作った大金)を先方に渡さなければ会社を失って(重役たちに追い出される)しまいます。身代金の3千万円を払ったが最後、愛する職業を失うことになるのです。 妻の香川京子が子どもの命が優先と反抗します、哀れな運転手は涙ながらに3千万円を貸して下さいなんて言います。秘書は5千万円の小切手を届けなくては破産だと三船に追従します。 ・・・言葉が足りないですが、これらの葛藤が長廻し、複数のカメラ(マルチアングル方式)で静かに切り取られていきます。







映画鑑賞後、↑ を買って読破。その撮影現場は壮絶でした。役者たちに自然な演技をさせるため、カメラは望遠レンズを使ってセットから離れて狙います。となると通常の照明光量では足りないので何倍ものライトが当てられます。汗、やけどするスタッフ続出。さらに豪邸のセットを3軒用意して、東宝のセットの窓外にはミニチュアライトを無数に配置(夜景用)とか、ほかにも山ほどエピソードがあってますますこの映画の歴史的偉業を感じます。



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当時新幹線はまだありません。特急こだまを借り切って一発勝負の撮影(失敗すると2千万円かかるそうです)が物語後半のスタートです。 三船さんがいかに身代金を払う決断をしたか?その狂おしいほどのやりとりは書ききれないので是非観て下さい、痺れますマジで。

犯人は幅7cmのバッグふたつに3千万円を詰め、こだまに乗って西へ向えと指示を出します。刑事たちも乗客になりすまして同乗、しかしそこに犯人も子どももいません。そこへ三船あてに電話がきます(ビュッフェの電話で車内呼び出し懐)。


「洗面所の窓が7cmだけ開く、酒匂(さかわ)川の鉄橋の前で子どもを見せる、鉄橋を渡ったらカバンを窓から投げ落とせ」


この映画のおかげで誘拐罪が厳罰に法改正されたと言います(黒澤は自身にも幼い子どもがおり、その怖れと怒りでシナリオを書き上げたそうです)そして同時にこの映画を真似た誘拐事件も頻発します。 戦後最大と言われた同年の 「吉展ちゃん誘拐殺害事件」 の犯人は、この映画の予告編を観て犯行を計画したと自供していますし、1984年の グリコ森永事件 における現金強奪のヒントにもなっています。 とはいえ、特急の窓が開くなんてこと誰も知らないわけです。脚本家たちがこのアイデアを生み出し、国鉄に取材を重ねてその事実を犯行のトリックとしたわけです。そして実際に走る車内で、合計8台のカメラが一気に撮影するというとんでもないことをやり遂げたわけです。



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犯人役に大抜擢された 山崎努 (1936-) 若すぎ♡
*写真は前述した「黒澤明と「天国と地獄」ドキュメント・憤怒のサスペンス」著者:都築政昭 朝日ソノラマ刊 より



子どもは無事でしたが、犯人・山崎努はまんまと3千万円を奪取しました。ここから大捜査がはじまります。ここでも黒澤ほか脚本チームは警視庁に取材をし、徹底的にリアルな捜査方法を映画の中に取り込みます。合同会議のシーン、名も無き刑事たちの足を使った地道な捜査報告を延々と見せてくれます。そう、巨悪に対して警察がどれほどの労苦をして迫って行くのかが分かります。こうゆうこともそれまでの映画ではなかった部分(誇張ではなくという意味で)だし、この映画を警視庁が誘拐捜査の基本みたく、署員たちに観賞させたという逸話も残っています。

「天国と地獄」というタイトルの意味がここで鮮明になります。 犯人・山崎努は苦学して医者のインターンとして日々働いています。彼が暮らす街は貧民街で、部屋からは見下ろされるように三船の輝く豪邸が見えます、それが犯行動機です。自分を地獄、三船を天国としてみたわけです。この犯人の性格付け、動機や計画の具体的なシーン(例えば貧困や格差に対する怒り)を詳しく描かないのは恐らく、監督の「誘拐罪」への憤りや「悪は悪」といったメッセージのほうが上回ったからなのでしょう、正直そこは突っ込み入れたくなるところです。ただ、悪に同情の余地を与えないことで、明確に映画の目的が見えてきます。 さらに仲代達矢は山崎努がホシであると分かっても逮捕しません。「泳がせろ!」と厳命します。つまり当時の刑法であれば、逮捕してもせいぜい懲役15年とかなので、間近に三船敏郎の苦悩を見てきただけにあからさまに部下に対して、「三船さんは自身の地位や財産をなげうって他人の子どもに身代金を支払い無一文になった、これが許せるか? 山崎努を捕まえて15年だと?ふざけるな!ヤツは死刑だ!」として彼にさらなる犯罪をさせるよう動くのです。



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クライマックス、泳がせた犯人を尾行する刑事たち。左から 石山健二郎 (1903-1976)、仲代達矢、加藤武 (1925-2015) 、木村功 (1923-1981)



犯人を泳がせてさらなる犯罪をおかすのを待つ、これは公開当時も問題視された点。さすがにそこは映画的ドラマツルギーとゆうことで。

様々な目撃証言などで犯人が子どもを匿っていたアジト(神奈川の避暑地)が発見されますが、そこにいた共犯者の男女は純度の高いヘロインで毒殺(過剰摂取による死亡という見せかけ)されていました。先ずこの共犯者の死を隠し、新聞記者を集めて「(共犯者が)身代金を使用した(紙幣ナンバーは控えているので)」つまり共犯者は生きているとゆうニセの情報を流させます。(これもまあ凄いドラマ化ですが)これでついに犯人・山崎努が動きます。黒いミラーサングラスを付け、山崎は横浜・黄金(こがね)町に当時本当にあったとゆう猥雑きわまりない巨大なバーに入ります。そこで麻薬を手に入れるところを扮装した複数の刑事たちが目撃。車のなかから無線で指令を出す仲代のねらいどおり、そのあと山崎はアジトに向って共犯者を殺害する行為に及ぶということです。



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黄金町近影:違法風俗店をアートの街へ再生、黄金町のあゆみ(記事)



しかしそのあと山崎はアジトに向わず、さらに最悪の貧民窟、そこは麻薬中毒たちがうようよしている路地に入っていきます。ここの描写がまさにホラーで、しかし当時本当にそのような場所、情景があり、助監督たちは警察をボディーガードにして現地をリサーチしてセット・エキストラに反映したといいます。風営法なんてない時代、おぞましい昭和の残影。

山崎は禁断症状に苦しむ女を物色、女を木賃宿に連れ込み手に入れたヘロインでその純度・殺傷能力をテストしたのです。 泡を吹いて即死した女を残して、山崎は今度こそアジトに向います。



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ここらへんにしときます。ラスト、死刑宣告を受けた山崎努と三船敏郎(3千万円は戻ったとはいえ、細々と、しかしたくましく別の靴屋を経営している)が拘置所の面会室で対峙します。そこまで本当に息が詰まるような緊張感、映像美、役者たちのアンサンブル、お見事です。

いい味だしてるな〜と思って見ていた役者が、現場ではボロカスにダメだしされていたこととか、前述のドキュメント本を読んでいたら山ほどエピソードが残っております。映像を学ぶ方ならそうゆうことも勉強になると思うし、そこを勉強しないで映像ディレクターだとほざいていたぼくは、さすがに一人前になれなかった、引退して当たり前やんと思った次第。




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快心、まさに。





キネマ旬報ベストテン 1963  二位





天国と地獄 Wiki


予告編


天国と地獄ドキュメンタリー(英語字幕付き)

https://www.youtube.com/watch?v=fF0I3_Lbnro


犯人役・山崎努インタビュー番組(英語字幕付き)

https://www.youtube.com/watch?v=p118aldoyGE


「パラサイト半地下の家族」がインスパイアされたとゆう記事

https://www.cinemacafe.net/article/2019/12/31/65199.html








2021年 1月5日
池袋新文芸坐「銀幕に甦れ!黒澤&三船 日本映画最高のコンビ東宝篇」で観賞


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