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素晴らしい。



監督の 野村芳太郎 (1919-2005)  作品を語るとき、間違いなく筆頭に挙げられるのは、松本清張原作で大ヒット&リメイクも数多い、146「砂の器 (1974)」 ですね。 ぼくは個人的に(まだまだ彼の作品を掘りきれてないのですが)それよりも若き岩下志麻主演の  136「五辨の椿 (1964)」 のほうが衝撃的で、今でも鑑賞後のショックが忘れられないのですが、昔からこの「拝啓天皇陛下様」の評価が高いということは知っていて、何度もチャンスを逃していて、やっと今日、劇場鑑賞することができました。

面白い、ほんと素晴らしい1本でした。

戦争に関する映画は、ここでもシビアなものからコメディまでたくさん紹介してきました。その中で共通するのは、国家の政策とは裏腹な軍の理不尽なまでの規律だったり、敵を倒す前に内部の人間関係、立場、メンツ、上下関係みたいなことへの抗争、戦争ということのバカバカしさを浮き彫りにするものとか、一体あの時代、日本は日本軍は何をしていたのか?と、結局一番バカを見て損をして徹底的に傷つくのは市民であり、また「天皇陛下万歳」を絶対的なものとして銃を構えるしかない兵隊さんだったのだと、どんな戦争映画を観てもそこしか考えられませんでした。つまり、戦争は愚かだということです。



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少なく見ても、昭和50(1970)年代くらいまでの日本映画界において、バリバリ活躍していた映画人(監督役者に限らず携わる方たち)のすべてが、それぞれ何らかの形で「戦争」を経験しています。 他でも書いてきましたが、例え戦争映画ではなく現代劇においてもそれがバックボーンにあります。あの日あの時、自分は「戦争」にどう関わっていたのか? 兵隊なのか兵隊ならばその階級は?赴任地は?疎開してたのか、空襲を実際に体験し九死に一生を得たのか?それぞれの家族や友人たちは「戦争」によってどうなったのか?など、これらは精査すればするほど多岐に渡ります。 単純に、「戦争」があらゆる全てを変えてしまうこと、その時代を生きた、生き抜くしかなかった人たちが作った戦争映画、もといそうゆう彼らが作った「映画」だからこそ、古い日本映画にはこれを今書いているぼくや、読んでいるみなさんの多くが知り得ない様相が山ほどあると感じるわけです。 

主人公は、まだ「男はつらいよ・フーテンの寅さん」として国民的スターになる前の喜劇人・渥美清 (1928-1996 写真左)  です。 時代は第二次大戦より前の、日中戦争が激化していく前の、昭和6(1931)年から始まります。



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岡山の寒村から出征した渥美清と、同期入隊となった 長門裕之 (1934-2011 写真右)  の友情、確執を軸に、何とその後3度に渡る出征と、混乱する敗戦後の数年間に渡り描かれています。

お国のために赤紙が来て出征が決まると「おめでとう」と言われ、万歳三唱で見送られ、「散る」ことの栄誉こそが軍人としての誉れとされますが、誰も本当はそんなこと思っていません。死にたくなんてないわけです。しかし一部には天皇陛下のためだったら死ねると信じきっている軍人さんたちもおりますし、そうあるべきなのが軍と日本の絶対的ルール、常識なわけです。 1度目の出征で二人はともに中国大陸へ上がり、初年兵として相応な訓練やいじめ(今でいうパワハラ・体罰など)に耐え、2年兵になったら上がってきた初年兵たちを「教育」の名のもとでいじめやり返し、そして1回目の出征は大きな大戦もなく除隊され日本に戻ります。 が、除隊が決まり明日帰国するというのに渥美清は涙にくれます。というのも彼はわずか3歳で母親と死別し(父親は不明)それはそれは過酷な幼少時代(親戚にいじめられたり)を過ごし、犯罪にも手を染めて食うや食わずの生活の思い出しか日本にはないわけです。が、軍人さんでいればたっぷり栄養摂れるし、つまり渥美清にとっては軍隊生活が天国だったわけです。いくら成績が悪くてしごかれても、軍人さんとして戦地にいれば食える、ただそれだけで渥美清は幸せだったわけです。



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2度目、そして3度目の出征で、渥美清も長門裕之も大きな戦に巻き込まれ重傷したり、それぞれ違う部隊だったのに事あるごとに再会したりして絆を深めます。 そして渥美清は、そうゆう戦争を、日本兵であることで、日本兵として働き食えることの喜びとして捉え、その頂点、最高責任・権力者である、すなわち「天皇」に対して、神様仏様以上の尊敬と畏怖の情念に打たれていくわけです。

だからタイトル「拝啓天皇陛下様」

これは劇中、渥美が除隊を停止させて自分だけ軍に残りたいと、天皇陛下に対して手紙を書こうとする行為からくるもの(本当にそんなことをすれば「不敬罪」として罰せられることも知らず=天皇陛下に対して許可なくモノを申すことが犯罪)なんですが、それほどにひょうきんで愉快で人気者の渥美清は実は孤独で、軍人であることに自分の生き場所を見出せたと信じる盲信者であったわけです。



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「寅さん」の渥美清しか知らない人、今どきなら、「寅さん」さえ知らない人にもぜひ見て欲しい傑作です。 ほんと映画としてもテンポも良いし笑えるし、「戦争」がもたらす悲劇と、その中で繰り広げられる「生きる」ことの悲喜こもごもがたっぷり詰まった作品です。 すなわちこれは決して「天皇万歳!ニッポン万歳!」ではないわけです、その皮肉でさえも強調することなく単にそうであったこと(を知る映画人たちが総力を結集して)戦後18年目の現代に問うたわけです。

ちょっと待ってよと、胸かきむしられるラストが待ってますが、でもそこまでの皆さんの生き様がめちゃくちゃ胸に沁みます、あなた死ぬまでに、是非の観賞を!



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キネマ旬報1963年 17位


















2021年 9月2日 ラピュタ阿佐ヶ谷「長門裕之 銀幕俳優」で観賞



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長門さんはまだまだこの時期でも、僕には大根役者です笑(でも敢闘賞!)それほどに、渥美清の演技力、役に対する取り組み方はすごい!


あ、そう、書き忘れましたが、劇中で階級は下なのに、文盲である渥美清のために、元教師だった 藤山寛美 (1929-1990) が漢字や読み方を教えるシーンがあるのですが、かたや浪速の喜劇人・藤山寛美がこれまた見事に、得意の舌足らずな喋り方とか笑かせる要素を排除して、リアルな兵隊さんを演じていたのも見事でした。もうこれは全て、それらを指揮して導き出した野村芳太郎監督の演出力によるものでしょう、お見事!!!




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2年兵に上がった渥美清が、やってきた初年兵の藤山寛美にパワハラ、飯を倍にさせる瞬間の写真。






<あの頃映画> 拝啓天皇陛下様 [DVD]
中村メイ子
SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
2013-01-30